特集記事
2023.08.25
富樫 勇樹|指揮官の信頼も厚い男子日本代表キャプテン
富樫 勇樹 | Yuki TOGASHI
PG/167㎝/65kg/1993年7月30日生まれ/千葉ジェッツ/モントロス・クリスチャン高校出身/新潟県出身
世界に挑む!男子日本代表候補インタビュー
富樫 勇樹|指揮官の信頼も厚い男子日本代表キャプテン
小学生のときから光っていたバスケットボールセンス
以前、富樫勇樹に「もし神様が願い事を一つ叶えてくれるとしたら、何をお願いしますか?」と聞いたことがある。そのときに返ってきたのが「夜に寝て朝起きたら、背が10~20cmぐらい伸びていてほしいですね」という答え。B.LEAGUEではペイントアタック時に200 cmを越える外国籍選手に迫られても、そのブロックをかわすようにボールをふわりと浮かせたフローターを決めたり、ビハインド・ザ・バックパスで味方への華麗なアシストを演出する富樫でさえ、やはり167 cmという身長で長身が有利なバスケットを戦っていくのは厳しいのだろう。しかし見ている側からすれば、その富樫が活躍してくれるからこそ応援のしがいがあるというもの。それが国際試合で、日本代表として戦うのであれば、なおさらだ。
バスケットボール経験者だった両親の影響もあり、物心つく前からおもちゃのゴールに向かってシュート練習をしていたという富樫は、小学5年生のときに全国ミニバス大会に出場。父・英樹氏は、「そのころから周りが『えっ!』と驚くようなプレーを連発していました」と言う。それには「小さい頃からよくNBAの試合を見ていました」(富樫)ということも影響しているのだろう。幼いからこそ、『これはできない』『あれは難しい技術だ』といった先入観なくNBA選手たちがプレーする姿を見て素直に吸収していったからこそ、大人も驚くプレーができるようになったのだ。
小学校卒業後は、父・英樹氏がコーチを務める本丸中学に進学。在学中の3年間、全国中学校大会に出場し、1、2年生時は2年連続3位だったが、地元の新潟開催となった3年生時に念願の優勝をつかみ取る。その決勝戦、富樫はPGとしてゲームをコントロールするだけでなく、積極的に得点にからみ36得点を挙げる大活躍。プルアップ後の素早いモーションでの3Pシュート、スピードに乗ったドライブからのフローターと今に通じるテクニックを披露しただけでなく、英樹氏が「パス、ドリブル、シュートの3つすべてを持っていて、その3つをそのときの状況を判断しながら使い分けることができる」と分析するほどのバスケットIQの高さを身につけていた。
そんな富樫だから、本丸中学卒業後に渡米しワシントンDC郊外にあるモントロス・クリスチャン高校(ケビン・デュラントの出身校)へ進学したのはなんの不思議もない。ただ、当時の富樫はシャイであまり多くを語るタイプではなく、また「英語が話せないので不安はあります。PGはコミュニケーションを取らなければいけないですし…」という迷いもあった。だが、それ以上に「将来はプロのバスケットボール選手としてやっていきたい。(そのためには)自分の知っている人がいない環境で、自分を強くしたい」という熱いものを心の奥に秘めていたのだ。加えて、「将来的にNBAに挑戦するかどうかは別として、これから英語を覚えておけばプラスなことがいっぱいある」とも考えていた。
しかし、バスケットボールの本場アメリカでの洗礼は厳しいものだった。当初はPGなのにボールがほとんど回ってこない。日本以上に体格差のある選手に囲まれ「レベルの差を痛感しました」と富樫。だが、そのバスケットセンスはアメリカでも通用するものだった。1年生時からロスター入りはしていたが、2年生となり環境に慣れ本来の持ち味を発揮できるようになるとスタメンに。後にバージニア大学からNBA入りするチームのエース、ジャスティン・アンダーソンにも認められる活躍を見せ、そのシーズンの全米ランキング2位入りに貢献する。
B.LEAGUE のレギュラーシーズンベストファイブを7年連続受賞。まさにリーグの顔と言える存在
PGとしてチームのペースを作る大事な役割を担う
そんな富樫の日本代表歴は長い。初めて選出されたのは、モントロス・クリスチャン高校在学中の2011年で、8月に行われたウィリアム・ジョーンズカップに出場。その後、2014年にアジア競技大会では銅メダルを獲得するなど長年日本代表として活躍してきたが、富樫は特に日本で行われる大会への思い入れが強く、東京2020オリンピック前は「オリンピックが東京でなければ、海外リーグに挑戦していたかもしれません(富樫はNBA入りを目指すためサマーリーグやDリーグに出場。またイタリア・セリエAのチームとプレシーズン契約を結ぶなど海外でのプレーを模索していた)。B.LEAGUEでプレーしているのは東京2020オリンピックに出場するため、日本代表に選ばれるため」とコメントしている。
そして迎えた夢の舞台・東京2020オリンピックは、スペインに11点差、スロベニアに35点差、アルゼンチンに20点差で敗れ3戦全敗で予選敗退。大会後に「日本が簡単に世界を相手に勝てるとは、もちろん思っていませんでした。僕自身は世界のトップレベルとの対戦はこのオリンピックが初めてでしたので、その差はすごく痛感しています(FIBAバスケットボールワールドカップ2019は大会直前に右手を骨折して不出場)」とコメントしているが、少し時間が経ってからのインタビューには「あれだけの大舞台を経験しても『もっとできたはず』と思えたことは、自分の糧になる」とも語っている。高校時代から常に自分より数段大きい選手と相対してきた富樫だからこそ、その中で自分がどんなプレーをすればいいのか見出したことがあるのだろう。
来るFIBAバスケットボールワールドカップ2023は、沖縄での戦いとなるだけに、「前回大会はケガで出られなかったので、今回はいいパフォーマンスを発揮したい」と東京2020オリンピック同様思い入れが強い。勝利のカギになると見ているのは3Pシュートで「数を打ちつつも成功率を30%台後半、できれば40%台に乗せたいところ。完全なノーマークになったときに外していてはダメ。それでやっと戦えるんじゃないかというところだと思うので、各選手が決め切るしかありません」と分析している。
その上で自分のプレーについては「PGとして、どのようにチームのペースを作っていくか。自分の点数がどうことより、そこが一番責任があるところで、すごく考えています」という。大会前の強化試合を見ると、富樫がPGとして出ているときは比江島慎、河村勇輝がPGのときは富永啓生が同時にコートに立つことが多いが、それについては「結構いいプレー、いい流れにつながっていると思います。すごくやりやすく感じています」という手応えもある模様。
トム・ホーバスヘッドコーチが「うちのチームのキャプテン、うちのチームのリーダー」と評する富樫が、大一番でどんなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみだ。
若い選手が多い中、富樫のリーダーシップにも注目が集まる