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2023.08.28
富永啓生:歴史的勝利の窓をこじあけた3Pシュートと、それを可能にしたディフェンス
試合が終わったとたん、渡邊雄太はユニフォームの襟を引き上げて顔を隠した。馬場雄大は、隠すこともなくコート上で泣きじゃくっていた。
これまでと違うのは、それが悔し涙ではなく、嬉し涙だったということだ。
バスケットボール男子日本代表は、8月27日、FIBAバスケットボールワールドカップ2023の1次ラウンドでフィンランド相手に98対88で勝利し、ワールドカップ(旧世界選手権)では17年ぶりの勝利、ヨーロッパの国相手には史上初という歴史的な勝利をあげた。
馬場は試合後のミックスゾーンでも、何度も声を詰まらせながら、その思いを語った。
「前回の(2019年)ワールドカップ、2021年東京五輪で本当に悔しい思いをして、やっと世界の国相手に1勝することができて、本当にチームで勝てた勝利だったんで。もう、我慢できなかったです」
「若い選手だけでも勝てないだろうし、本当に(渡邊)雄太だけでも勝てない。このチームがあってこそだった。この経験を若い選手たちにさせることができて──彼らが勝ち取ったものなんですけど──彼らに経験させることができて本当によかったと思います」
さらに、こうも付け加えた。
「もう負けるのは僕たちだけにしましょう。もう次の世代は勝つことが当たり前にしていく世代だと思うので、本当にここから歴史を作っていきたいなと思います」
馬場が言うように、まさにチームの勝利だった。試合の出だしからオフェンスを牽引したベテランの比江島慎、試合を通して身体を張ってリバウンドを取り、19リバウンド、28点を奪ったジョシュ・ホーキンソン、第4Qだけで4本の3ポイントを決めて留めを刺した河村勇輝。アグレッシブにインサイドに攻め込むことでディフェンスを引き付け続けた馬場。大会前に捻挫した右足の痛みもあって「きょうは何もできなかった」と言う渡邊も、力を振り絞るようにラウリ・マルカネン相手に好ディフェンスで向かっていった。
その中で、フィンランドに18点リードを取られていた第3Q終盤に、得意の3ポイントなどで5連続得点をあげ、勝利への窓をこじあけたのが富永啓生だった。その富永は、試合後にトム・ホーバスヘッドコーチから、「ディフェンス、よかったよ」と称賛を受けたという。
このことは、富永にとって、シュートを褒められる以上に嬉しいことだった。ディフェンスを評価されなければ、コートに立つ時間も減り、シュートを決めることもできなくなってしまうからだ。
大会直前の強化試合、SoftBank CUP 2023(東京大会)ではスターターとして出場し、2試合連続20点をあげる活躍をした富永だったが、同大会のスロベニア戦でディフェンス面のミスがあったこともあって、ディフェンス強化のためにワールドカップ初戦のドイツ戦ではスターターを外れていた。相手ディフェンスから警戒されるなかシュートを2本しか打つことができず、出場時間もわずか12分42秒に制限されてしまった。ホーバスHCも富永の使いどころに苦労しているようにすら見えた。
「彼は前の試合(強化試合)でディフェンスのミスをしていて、チームとして、それをクリーンアップする必要がありました」とホーバスHC。「でも、うちのチームに彼は必要です。彼のシュート力、得点力が必要です」
富永自身も、それはわかっていた。だからこそ、まずはコーチが信頼して自分をコートに送り出せるように、ディフェンスから頑張ろうと思って、フィンランド戦に向かったという。激しい動きで相手オフェンスにプレッシャーを与え、第4Qだけで3本のスティールを奪い取った。
「3ポイントを決められたっていうのもすごく嬉しかったんですけど、それ以上にディフェンスの部分で貢献できたっていうことが(嬉しい)。自分のバスケット・プレーヤーとしての成長にもなりますし、いい自信がつく試合にはなったと思います」
「(ドイツ戦からフィンランド戦まで)中1日しかないんで、技術面とかで変えるのは難しいことはあるんですけど、メンタル面だったりディフェンスのところにおいては自分の努力次第というとこもあるので、自分がコートにいる間には120%の力を出し切るってことを徹底してやっていました」
実は、現在所属するネブラスカ大でも、最初のうちはディフェンス面での懸念からプレータイムをあまりもらえない時期があった。頭を使ったハッスルプレーでディフェンスでもチームに貢献できることを証明することでコーチの信頼を得て、昨季後半にはエースとして活躍するまでになった。
「こうやってコーチとの信頼関係を築いていくことで、どんどん信頼されてプレータイムももちろん伸びますし。そこは本当に引き続き証明し続けるだけだと思うんで、頑張りたいです」
強化試合と比べて役割が変わり、ワールドカップ初戦のドイツ戦でリズムをつかめずに苦労していた富永を見て、馬場はドイツ戦の試合中に「これが最後の試合ではないのだから、少し無理なシュートでも自信をもって打っていけ」とアドバイスしたという。そのアドバイス通りに思い切りよく3ポイントを打ち、決めたことが、日本の大勝利を引き寄せた。
フィンランド戦の勝利後、ホーバスHCは言った。
「この(日本代表チームの)中では、この2人(富永と河村)のポテンシャルがすごい高いです。天井がめっちゃ高いです。でも、このレベルでは簡単にできないんです。相手が大きいし、速いし、強いから」
潜在能力が高く、能力を発揮すればチームにとって大きな戦力になることがわかっていたからこそ、経験が浅く、時に頭を抱えるようなプレーをしても、我慢して使い続けた。日本が強豪相手に勝つためには、彼らの力が必要だと信じていたのだという。
「僕はもうすごい待っていた。我慢したんですよ、河村と富永がいつ爆発するかなと思って。本当に、今日は良かったです。(会見で隣にいた富永に向かって)明後日(8月29日、対オーストラリア戦)も頼むよ」
日本バスケットボールの明るい未来を感じさせる歴史的な勝利。
その勝利を引き寄せた富永の活躍は、ベテランのアドバイスや、コーチの我慢強い信頼があったからこそ、実現できたことだった。
文 = 宮地陽子