特集記事
2023.09.01
日本の“エース” 比江島慎
「正直言って、マコト(比江島慎)がここにいるべきだと思うんですよ。オーストラリアでもプレーして、英語も話せるはずなのに、なぜ僕がここにいるのかわからない」
8月31日、劇的な勝利後の記者会見は、渡邊雄太のそんな文句から始まった。
FIBAバスケットボールワールドカップ2023、2次ラウンド進出を逃した男子日本代表は、この日、順位決定戦での戦いをスタートさせた。大会前から目標としてきたパリ五輪出場権への運命は、まだ自分たちの手の中にある。順位決定戦の2試合とも勝利すれば、他国の勝敗に関わらずアジア最高成績、そしてパリ五輪の出場権を獲得できるのだ。
この日の対戦相手はベネズエラ。ベテランが多く経験豊かなチームだ。その分、体力争いに持ち込むことができれば勝てる。アグレッシブにインサイドに切れ込んで、相手ディフェンスをひっかきまわす作戦だった。しかし、ペイント内に入ったときに相手ディフェンスからの激しい接触があっても、審判に笛を吹いてもらえなかった。身体をぶつけられながらシュートを外し、ボールを奪われた。
フラストレーションがたまるなか、前半には一時12点のリードを取られた。後半が始まってまもなく1点差まで追い上げるも、また突き放され、第4クォーター残り8分12秒には、よくない流れのまま、15点差まで広げられてしまった。
そんな日本の窮地を救ったのが、33歳、チーム最年長の比江島慎だった。
15点差をつけられた後、3分45秒間で11得点。サイドステップやステップバックなど、得意のフットワークを用いてディフェンスをかわしながら、次々とシュートを沈め、相手のリードを2点まで縮めた。その後、残り1分55秒に、日本の逆転シュートを決めたのも比江島だった。速攻で馬場雄大からパスを受けてシュートを決め、さらにファウルも誘ってフリーススローを成功させ、76-74とリードを取った。残り47秒には点差を5点に広げ、勝利を決定づける3Pシュートを沈めた。第4クォーターだけで17点、試合を通して23点の活躍で、勝利の立役者となった。
そうやってチームの流れがよくないときでも、オフェンスを作り出し、得点することができるのが比江島の強みだ。
トム・ホーバスHCは、そんな比江島の活躍についてこう語る。
「彼はベテランだから、目の前にあるものだけではなく、もっと全体像を見ている。チームが得点できていないのがわかっていたので、流れを呼び込もうとしていた。(1次ラウンド2試合目の)フィンランド戦でもすばらしかったし、今夜もすばらしかった。(1次ラウンド最終戦の)オーストラリア戦ではあまりよくなかったけれど、そういう試合の後でもああやって爆発できる。それが彼のすばらしいところ。チーム全体の目を覚まさせてくれて、流れを呼びこんでくれた。すばらしかった」
冒頭の渡邊のコメントは、間違いなく勝利の立役者だった比江島が記者会見の場に出てこなかったことに対しての不満だった。オフコートでシャイな性格の比江島は、表舞台となる記者会見は他の選手に任せたいタイプだ。
渡邊の比江島に対する不満は記者会見のことだけではなかった。
「僕は、彼を止めれる選手って世界でもなかなかいないってずっと言い続けてきてる。正直、僕からしたら、(この試合の比江島の活躍は)何のサプライズもないというか。あれが、僕が知ってる比江島慎です。本当、いつもやってほしいなっていう感じです」
常にエースになれる実力がありながらも、ふだんは脇役のほうが居心地がいい。それが、比江島だ。渡邊や、キャプテンの富樫勇樹は、そんな比江島に、もっと積極的にプレーして、その実力をいつも見せてほしいと、ハッパをかけ続けてきた。
比江島自身も、それが自分の弱点であることはよくわかっている。色々な人に「もっとできるはず」と言われながらも、その性格から、力を出し切れないことが多い。
8月頭、強化試合のときに、比江島とそんな話をした。その頃、代表合宿に参加していたのは15人。最終ロスターの12人を賭けてのロスター争いが続いていた。ベテランで国際大会の経験が豊かな比江島は、普通に考えれば当確だと思えたが、本人は「ここまでやっと生き延びてきたという感じ。当落線上だと思っている。だから、めちゃくちゃ必死です」と言っていた。
そして、さらに続けてこうも言った。
「この性格さえ…。もっと自信持てればいいんですけど、でも、まぁ、それも自分のよさだと思ってはいるし」
ワールドカップに向けてのアジア予選を戦っていたときには、ホーバスHCのバスケットボールの中で自分の役割や居場所を見つけられなかった時期もあった。大会が近付いてきて、ようやくチームから何を求められているのか、どう自分の持ち味を発揮すればいいかがわかってきたのだとも話していた。
比江島にとっては、対戦相手との戦いより、自分との戦いのほうが大変だったのかもしれない。それでも、悩みながらも代表に残りたいとしがみついてきたのは、世界を相手に戦うことに幸せを感じるからなのだと言う。これまで代表メンバーとして何度も世界と戦い、勝てずに悔しい思いを重ねてきた。そのまま世界の舞台から去りたくない。そんな思いもあった。
ベネズエラ戦後、自身の活躍について聞かれた比江島は言った。
「今まで悔しい経験をしてきた。(そういった)オリンピックやワールドカップの経験が欲しくてトムさんも選んでくれたと思うんで、その経験をきょう証明できた」
パリ五輪出場まであと1勝。手を伸ばせば届くところまで近づいてきた。次のカーボベルデ共和国戦でも比江島がエースとしての自信を持ち続けた活躍することを、渡邊も、富樫も、ホーバスHCも、そしてチームメイトやファンのみんなも、もしかしたら比江島自身も、心から願っている。
文 = 宮地陽子